岐阜城ツアーレポート

岐阜城の魅力を実際に目で見て肌で感じてほしい! そんな想いからぷらざ3・4月合併号で企画した「岐阜城ツアー」。たくさんのご応募をいただいた結果、急遽催行日を追加し、4月10日(日)、4月17日(日)の2回に分けて実施しました。2020年にも一度企画していたこのツアーですが、コロナ禍でやむなく断念…。2年経たこの春、満を持しての開催となりました。

ナビゲーターは本誌連載「山城攻略図鑑」をはじめ、各メディアで引っ張りだこのこの方、岐阜お城研究会代表の柴田正義さんです!

ここではツアーで巡った内容の一部をお届け。見どころやツアーの雰囲気をちょっぴりお楽しみいただけると幸いです(※10日と17日の写真はランダムに入り混じっています)。

山麓エリア「織田信長公居館跡」

冠木門をくぐって、まずは織田信長公居館跡へ。ここは信長公が客人をもてなす迎賓館だったと考えられている場所で、巨石の並ぶ広い通路があり、盛土をした段々地形が形成されています。

斎藤道三時代の遺構
巨石を使うのも大きな特徴

現在は木々に視界が隠されていますが、自然地形を活かした高台の上からは城下を見下ろせます。

ツアー実施日も西方の伊吹山まで見渡すことができました。

そしてやっぱり居館跡のハイライトといえば、高さ35mのこの大岩盤。NHK「ブラタモリ」でもタモリさんが大興奮だった、湾曲した美しいチャートの岩盤です。

実はこの岩には驚くべき仕掛けが。水を受け止める敷石が発見されたことから、2本の滝が造られていたことが分かっているんです。現在は中止されていますが、滝の再現実験が行われている時期もあります。再開が待ち遠しいですね。

お次はロープウェーに乗って山頂エリアへ。

ゴンドラからは居館跡を上から見下ろせるので眼下にも要注目です。まるでドローンで史跡探訪しているような気分を味わえて楽しいですよ◎

山上エリア「主郭部の遺構巡り」

山上部は今年「史跡岐阜城整備基本計画」が取りまとめられ、今、ますますの熱視線が浴びせられているエリア。発掘整備においては、廃城後の岐阜城を調査した江戸時代前期の記録絵図「稲葉城趾之図」が貴重な史料になっているのですが、今回はその絵図と照らし合わせながら、石垣や遺構を巡りました。

【史跡岐阜城跡整備基本計画記事はコチラ】

最も美しい状態でかつての状態をとどめているのが天守のすぐ下、天守台と上台所を結ぶ通路の石垣。

こうやって下から眺めると、美しく積まれた二段の石垣がそびえ立つ様が、とてもかっこいいんです!

天守付近を一通り巡った後は、瞑想の小径を降りて裏門の遺構へ。

この辺りは現在柴田さんも「稲葉城趾之図」を元に独自で調査を行っており、自身の見解も教えてくださいました。やっぱり生の遺構を見ながらの歴史トークは、臨場感があって気持ちも上がります。

さて今回のクライマックスは、瞑想の小径を鼻高コースにそれてしばらく進んだ先。実は天守から離れたこんなところにも、すごい石垣が残っているんですよ! 普通に歩いていると通り過ぎてしまうような場所ですが、一度気付くとその残存具合に感動すること請け合いです。

もちろんこの石垣も稲葉城趾之図にしっかりと描かれています。

今回は山麓・山上部のみの散策でしたが、起伏もかなりあるため、なかなかハードな遺構ツアーに。でもその甲斐あって、身をもって金華山の急峻さや城域の広さを実感できる貴重な機会となりました。

再び山上に戻って天守閣建物を見学した後、展望レストラン「ル・ポン・ドゥ・シェル」さんでお昼ごはん。現在レストランのある場所は、お城的観点でいえば「太鼓櫓」と呼ばれる高台があった部分。テラスからは尾張方面が一望できます。

たくさん歩いた後に絶景と共に味わう丼は、最高に美味! テラスからは涼しい風が吹き込んで、なんとも贅沢な時間を過ごせました。

信長どて丼

この度2回のツアーを通して読者の皆様とも岐阜城のすごさ、面白さを共有できたのは、編集室にとっても、またとない素敵な時間に。柴田さんのファンの方、さらに「山城攻略図鑑」をご愛読くださっている方々とも実際にお話できて嬉しかったです。

また、今回ご応募くださったにもかかわらずご参加いただけなかった皆様。今後もこうした岐阜の魅力をリアルで楽しむオフ会的企画(本ですが)も開催していけたらと思っておりますので、その際はどうぞよろしくお願い致します。

最後になりましたがご参加の皆さん、柴田さん、ありがとうございました。

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